『天気の子』の帆高(ホダカ)と『エヴァンゲリヲン・破』の碇シンジの似ている行動

今回は、『天気の子』の主人公・帆高(ホダカ)と『エヴァンゲリヲン・破』の主人公・碇シンジが似ている行動について解説していきます。

結論は、

世界よりも目の前の一人を選ぶ
与えられた武器を一度捨てる
捨てた武器をヒロインのためにもう一度使う

などの行動が似ています。
詳しく見ていきましょう。

世界よりも目の前の一人を選ぶ

帆高(ホダカ)も碇シンジも世界か、目の前の一人かの選択を迫られ、目の前の一人を選びます。

『天気の子』では、主人公の帆高(ホダカ)が東京の天気か、ヒロイン陽菜(ヒナ)かの選択を迫られ、陽菜(ヒナ)を選びます。

『エヴァンゲリヲン・破』では主人公の碇シンジが、サードインパクト=世界の終わりか、ヒロインの綾波レイを救うかの選択を迫られ、綾波レイを選びます。
(エヴァの解釈については他サイトをご参照ください..!
一応簡単に書きますと、綾波レイを助けるために「使徒」の中に入ろうとした結果、「初号機」と「使徒」が融合し、サードインパクトが起きてしまいました。「使徒」を、取り込まれた綾波レイもろとも破壊することもできたのですが…)

このように、主人公が世界か目の前の一人かの選択を迫られたのち、目の前の一人を選ぶ点が似ています。

与えられた武器を一度捨てる

『天気の子』で帆高(ホダカ)は「敵」であるガールズバーのキャッチの男に「拳銃」という「武器」で戦います。
そして、発砲した後に陽菜(ヒナ)から「殺していたかもしれない」と叱られ、「拳銃」を手放しました。

『エヴァンゲリヲン・破』で碇シンジは、「敵」である「使徒」に対して、「エヴァンゲリヲン」という「武器」を与えられて戦います。
そして、「ダミーシステム』の使用により友人の「アスカ」を攻撃して傷つけてしまい、「エヴァンゲリヲン」のパイロットを一度辞めました。

このように、与えられた武器を一度手放す点が似ています。

一度捨てた武器をヒロインのためにもう一度使う

『天気の子』では、帆高(ホダカ)が、一度「拳銃」を捨てます。
しかし、その後再び拳銃を手にして、今度は警官への威嚇として発砲します。

『エヴァンゲリヲン・破』で碇シンジは、一度「エヴァンゲリヲン」のパイロットを辞めます。
しかし、ヒロインの「綾波レイ」が「使徒」に取り込まれるのを見て、再びエヴァンゲリヲンのパイロットとして「使徒」と戦います。

このように、一度捨てた武器をヒロインのためにもう一度使う点が似ています。

武器を使う動機の変化

行動ではなく心の面ですが、「武器を使う動機の変化」の面でも二人は似ている点があります。
一言で言うと、最初に武器を取った理由は「自分のため」なのに対し、再び武器を取った理由は、「ヒロインのため」である点です。

『天気の子』の帆高(ホダカ)の動機の変化

帆高(ホダカ)が最初に発砲したのは、自分に馬乗りになって殴りつけてくるキャッチの男への反撃のためでした。

補足ですが、最初の発砲シーンは、一見ヒロイン・陽菜(ヒナ)を助けているようにも見えますが、そうではありません。

発砲の直前に、陽菜(ヒナ)は合意の上でキャッチについていった事実が明かされており、帆高(ホダカ)は「陽菜(ヒナ)を助ける」という目的は失っています。
帆高(ホダカ)の「陽菜(ヒナ)はキャッチを嫌がっている」という解釈は、勘違いであり、勘違いでヒロインを助けたつもりの「イタイ奴」になっているのです。

しかも、キャッチの男に馬乗りになられた上殴られ、絶体絶命の状況に追い込まれています。
したがって、この発砲は、ヒロインを助けることとは無関係な「自分のため」の発砲です。

一方で、二回目に「拳銃」を手に取り、警官に対し発砲した動機は、「陽菜(ヒナ)を助けるためにビルの屋上に行くため」でした。
すなわち、ヒロインのために武器を取っているのです。

『エヴァンゲリヲン・破』の碇シンジの動機の変化

碇シンジは最初に「エヴァンゲリヲン」に乗ったのは、父親・碇ゲンドウに認められたい気持ちでした。
「他人に認められたい」という気持ちは、他者のためになっていないので、「自分のため」であると言えます。

一方で、「ダミーシステム」事件後に再び「エヴァンゲリヲン」に乗ったのは、ヒロインである綾波レイを「使徒」から助けるためでした。
すなわち、ヒロインのために武器を取っているのです。

このように、帆高(ホダカ)と碇シンジとは、「一回目に武器を取ったのは自分のためで、再度武器を取ったのはヒロインのため」という動機の変化の面でも似ています。

まとめ

今回は、『天気の子』の帆高(ホダカ)と『エヴァンゲリヲン・破』の碇シンジの似ている点について考察しました。
物語同士を比較すると意外な共通点が見えて面白いですね。
それでは。

この記事を書いた人

都内私立大学を卒業→大学院進学→メーカーに就職←イマココ、のアラサーブロガー。高校3年生の現代文の授業で、『舞姫』(森鴎外)の解説を受けてから文学にハマり、以降文学書を読み漁る。好きな作家は村上春樹、夏目漱石、太宰治。
いろんな作品の考察や感想を書いていきます。たまに書評も。

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