今回は一郎彦が鯨になった理由について考察します。
考察は、2種類のアプローチで行います。
一郎彦の動機からのアプローチと、鯨というメタファーが意味する内容からのアプローチです。
本記事では、「 一郎彦の動機からのアプローチ」での考察を紹介いたします。
一郎彦の動機
理由① 人間的ではないものになりたかった
物語のラスト、楓が襲い掛かる鯨・一郎彦に向かって言ったセリフに下記があります。
あなたはそんな姿をしているけど、中身は醜い人間のままだわ
バケモノの子 楓
このセリフから、一郎彦が目指したのは、「醜い人間から遠い姿」であることが分かります。一郎彦は「人間のくせに」というセリフを何度も使用していました。
これらのことから、一郎彦は「人間」であることを嫌がった結果、非・人間である鯨の姿になったとわかります。
また、補足事項として「牙」も挙げられます。
一郎彦が楓に襲い掛かる瞬間、下から鯨・一郎彦の口を見上げるが画角になりますが、このとき一郎彦の口には大きな牙が生えていることが見て取れます。
実物の鯨には生えていないこの牙は、一郎彦の父親への憧れの反映と取れます。
幼少期にはこんなセリフがありました。
僕もいつか、お父様のような長い鼻と立派な牙を持つんだ
バケモノの子 一郎彦
このことからも、一郎彦が非・人間的な姿、言い換えれば「バケモノ」的な姿を目指していたことが分かります。
理由② 「弱っち」くない「怪獣」になりたかった
弱い一郎彦
まず前提として、一郎彦が自分を弱いと捉え、コンプレックスを持っていたことについて考察します。
物語の序盤、九太を連れてきた熊徹に、猪王山は、人間の子を弟子に取ることについて強く反対しました。そのときに言ったセリフに下記があります。
人間はその弱さゆえに心に闇を抱える
バケモノの子 猪王山
また、物語の中盤、17歳に成長した九太と熊徹の組み手を見て、猪王山が発するセリフに、下記があります。
人間の子をよくぞあそこまで
バケモノの子 猪王山
これらのセリフから、人間はバケモノに比べて弱い、と言えます。
次期総司を決める決戦の直前、一郎彦は念動力を使い、九太を傷つけました。
少なくとも、九太を不意打で打ち倒すくらいの強さは持っています。
しかし、その念動力がバケモノの世界の中でどれほど強力なのかは描かれないのです。
いいかえれば、一郎彦の念動力はバケモノの世界の基準で測ると弱い可能性があるのです。
なぜなら先のセリフの通り、人間はバケモノと比較して弱い、という前提があるからです。
九太を不意打ちしたときに念動力で操ったのも、軽い木の葉でした。
これを例えば、念動力を得意とする賢者が大量のツボを浮かせていたのと比較すると、弱いと言えます。
猪王山から評価されていなかった一郎彦
また、猪王山の先の「人間の子をよくぞあそこまで」 というセリフに立ち戻ってみると更に一郎彦が弱かったことが見えてきます。
このセリフの前提には、「人間の子は少なくとも今の九太と比較して弱いものである。」があります。
猪王山のこの前提の対象は、同じ人間である一郎彦だったのではないでしょうか。
このことから、猪王山は一郎彦の強さを評価しておらず、一郎彦よりも九太の方が強いと考えていたと推測できます。
こうして見ると、一郎彦は人間であるがゆえに、修行を積んでもバケモノほどには強くなれず、また猪王山から「九太よりも弱い」という評価を受けていたのです。
その結果、一郎彦は弱さに対してコンプレックスを抱いたと考えられます。
弱さを埋める強い鯨
こう考えると、一郎彦の弱さコンプレックスを埋めるのが、鯨だった、ということになります。
物語の序盤、九太が二郎丸からいじめられるシーンが描かれます。
人間この野郎、怪獣この野郎
バケモノの子 二郎丸
このセリフに対し、一郎彦は九太をかばったあとで、次のセリフを言うのです。
こんな弱っちいやつが怪獣になんてなるものか
バケモノの子 一郎彦
このセリフから、一郎彦にとって怪獣とは弱くてはなれないもの、強いものだったことが分かります。怪獣とは強さの象徴だったのです。
クジラの中で有名な種類といえば、マッコウクジラやシロナガスクジラが挙げられます。
マッコウクジラは全長18m、シロナガスクジラに至っては27mととてつもなく大きいのです。
ちなみに27mは10階建てのビルの高さに相当します。
クジラはそのサイズ感から「怪獣」的であると言えるでしょう。
また、怪獣の筆頭である「ゴジラ」は、監督によれば「クジラ」と「ゴリラ」を組み合わせて発案されたものです。このことからも、怪獣ゴジラの構成要素である鯨は、怪獣的な存在であるといえます。
このように、一郎彦は弱さコンプレックスを埋めるために、強い怪獣のような姿を目指した結果 、鯨になったのです。
まとめ
今回は、一郎彦の視点から一郎彦がなぜ鯨になったのかを考察しました。一郎彦は弱さコンプレックスを埋めるために、強い怪獣のような姿を目指した結果、鯨になったことが分かりました。
次回は、鯨のもつ意味、作者の込めた「鯨というメタファー」という視点で、なぜ一郎彦が鯨になったのかを考察します。