こんにちは!
今回は、2020年上期の芥川賞、『破局』(遠野遥、2020.7、河出書房新社)の感想を書きます。
テーマは「膝」の好きなセリフです。
あらすじ
主人公は、有名私立大学の四年生「私」で、4月〜6月ごろの出来事が描かれます。
私は、高校時代はラグビー部で活躍しており、鍛え上げた屈強な肉体を持ち、国会議員志望の優秀な可愛い彼女がいて、自身も公務員試験に余裕で合格するような、完璧人間です。
しかし、女性関係のもつれをきっかけに、少しずつ歯車が崩れ、人生が狂っていきます。
「膝」のパーソナリティ
「膝」は、主人公の親友です。主人公と同じ有名私立大学の四年生で、就活の真っ最中です。
お笑いサークルに所属しています。
繊細な性格で、そのために就活でも苦戦して、こんなことを言うキャラクターです。
今日、エントリーシートってやつを初めて書こうとした。一時間くらい粘って、名前とか生年月日とか、そういうことしか書けなかった。誰にだって欠点はあるはずなのに、そういうところには一切触れず、長所ばかり並べ立てないといけないんだよ。そういうの、気持ち悪くないか?
(中略)
何十社も受けてるやつは、全員頭がおかしくなってるに違いないよ。もしかして、頭がおかしくならないと内定はもらえないのか?
出典:『破局』(遠野遥、2020.7、河出書房新社)
虚飾に満ちたエントリーシートや、口先だけの「第一志望宣言」を否定する姿勢からは、「膝」の繊細さが読み取れます。
好きなセリフ
私が好きな「膝」のセリフを一つ紹介します。
一番いいのは、この世から酒がなくなって、しかも人々の記憶からも消えることかな。(中略) そしたら飲酒運転とか酔って暴れる人とか、アルコール依存症なんかもなくなって、みんなもう少し幸せに、ならないよな。俺だってわかってるよ、そんなに単純じゃないことくらいは。
出典:『破局』(遠野遥、2020.7、河出書房新社)
私は膝が結構好きなのですが、このセリフには膝のよさが滲み出ていると感じます。
一言でいうなら、膝の「人間の弱さへの優しい眼差し」です。
酒がなくなって、飲酒運転や酔って暴れる人間やアルコール依存症が存在しなくなっても、みんな幸せにはならない。とはどういうことでしょうか。
たしかに、表面的には酒絡みのトラブルはなくなります。
しかし、酒絡みのトラブルがなくなったからといって、トラブルがなくなるわけではないのです。
トラブルの総量は変わらないはず、とでもいいましょうか。
例えばです。
飲酒運転は、酒がトリガーではありますが、あくまでもハンドルを握るのは人なのです。
そもそも酒を飲んだら運転しない、というルールを人がきちんと守れば、飲酒運転はありえません。
つまり、飲酒運転の本質は、酒ではなく、ルールを守れない人間の弱さにあるのです。
自分だけは大丈夫とか、これくらいなら大丈夫という慢心ともいえるかもしれません。
酒がなくなっても、そういう弱さや慢心は消えることはありません。
だから、飲酒運転とは別の形をとって、苦しみを生み出し続けるでしょう。
その意味で膝は、酒がなくなっても、人は幸せにはなれるとは限らない、といったのではないでしょうか。
膝は、人間の弱さの存在を静かに見つめる眼差しを持っているのです。
特に膝は、自身が酒に頼り、後悔した経験があります。
「携帯も財布も眼鏡も全部なくし、大変だった」と語ります。
また、大学のお笑いサークルでのライブの前には必ず酒を飲み、用意したネタとは別の即興のネタをして滑る、のが習慣でした。
ここにも、「じっくり用意したネタで勝負して、評価されるのが怖い。だから酒に頼って、適当なネタで誤魔化してしまう」という、膝の人としての弱さが見えます。
膝の弱さを見つめる眼差しは、自身の弱さに基づいた深みのあるものです。
まとめ
今回は、『破局』(遠野遥、2020.7、河出書房新社)の感想を書きました。
人の弱さを知り、弱さを見つめる視点には、何だか救われる部分があります。
それでは、また次回。
